Q.Kraftwerkで1番の名盤と言えば?

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amazonより

 

Kraftwerkを知らない方もいると思うので、ご説明させていただきたい。Kraftwerkは、ドイツの音楽グループだ。ジャンルはテクノポップと言えばいいのだろうか。電子音楽はそれ以前から存在していたのだが、The Beatlesの登場以前と以後でロックの歴史が別れるように、Kraftwerkの登場以前と以後で電子音楽の歴史が別れるのだ。代表曲は「Autobahn」「The Robots」「Numbers」など。
ライブでは
吊吊吊吊
↑こんなかんじの演奏が印象的だ。


Q.Kraftwerkで1番の名盤と言えば?


さて、この質問に対して、Kraftwerkを知っている人ならば、おそらく1st*1「Autobahn」か4th「The Man-Machine」の二択ではなかろうか。

 

 

だが、私はこう主張したい。6th「Electric Cafe」こそKraftwerk一番の名盤である、と。

 

 

「Electric Cafe」とは?

1986年に発売されたElectric Cafeは全6曲入りのアルバムだ。収録曲は以下の通り。

  1. Boing Boom Tschak
  2. Techno Pop
  3. Musique Non-Stop
  4. The Telephone Call
  5. Sex Object
  6. Electric Cafe

Electric Cafeには、大まかにわけて2つのバージョンが存在している。Electric Cafeのオリジナル版と、後年に再発された際に内容に変更が加えられ改題された「Techno Pop」の二つだ。この記事では、主に前者を扱う。

 

1.Boing Boom Tschak
擬音がその内容の大半を占める、後の「アカリがやってきたぞっ」とコンセプトをほぼ同じくする曲だ。

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ヴォコーダーのロボット声や、露骨なドラムマシンの音などがいかにもKraftwerkらしい。「Numbers」(5th収録)は数字という無機的な題材であったのに対し、この曲は擬音という人間的な題材である。これは「このアルバムは、Kraftwerkの人間的な一面をフィーチャーしたアルバムです」という最初の宣言にほかならず、布告として完璧なものだ。

 

2.Techno Pop*2
前曲からつながるトラック。メンバーはもともとこの曲を表題にしたがっており、後にそれが叶ったのは前述したとおりである。
このアルバムの特徴として、Kraftwerkなのに有機的」という特徴がある。Kraftwerkは自らをロボットだと宣言している超仏頂面アーティストなのだが、このアルバムではそうではない(おそらく、それが批判される要因でもあると思う)。
この曲は、YMO的なテクノポップの最終的な完成の一つであると思う。弦楽器のような音は「東風」のような初期YMOと似ている気がする。繰り返しのパターン音楽は、Kraftwerk自身のフォロワーが生み出したテクノに、木琴の音はKraftwerkの音楽的背景に起因しているように聞こえる。この曲はもはや電子音楽を逸脱し、Techno PopでありながらTechno Popではないのだ。

 

3.Musique Non-Stop
Kraftwerkのアルバムは、しばしば表題曲と代表曲が一致していない。この曲もその例で、このアルバムといえばこの曲であると思う。のちに7th「The Mix」でこのアルバムから選ばれたのもこの曲であった。不協和音にも聞こえる奇妙なサビは、初期Kraftwerkに見られた、「なんか知らんけどめっちゃ怖い」実験的な楽曲の文脈上にあると言える(そういう曲が怖いので、Autobahnは私の中でベストのアルバムではない)。この曲はそれをポップの域に持ってきている、Kraftwerkとしての一つの到達点だ。

 

4.The Telephone Call
再発最大の愚行は、この曲をシングルバージョンとして収録したことだろう。後に元電気グルーヴ砂原良徳もカバーするこの曲は、Kraftwerkでも珍しい、カール・バルトスのボーカル曲だ(通常、ボーカルは創設者のラルフ・ヒュッターである)。
さらにKraftwerkとして珍しいことに、ここから先2曲はラブソングである。さらにさらに珍しく、この曲は歌詞の中で文章がキチンと成立している*3。そのうえ、ちゃんとエモい歌詞なのだ。以下に内田久美子氏の訳とともにいくつか文章を載せる。


「You're so close. But Far away.」(とても親しい君なのに今は手が届かない)

「I call you up. All night and day.」(昼も夜も君に電話してるんだ)


この歌詞のミソは、上に書いただけでなく、「この曲の主人公は『君』と電話できていない」ことを示唆されていることだ。Kraftwerkはボイスサンプリングが非常に上手なアーティストで、「おかけになった番号は......」云々の音声がこの曲にもサンプリングされている。これがKraftwerkの最高最高最高な物悲しくも踊れるポップ音楽に乗せられて使われ、カールの少々不慣れなボーカルは切ない歌詞を歌っている。Kraftwerkにあるまじき人間性、音楽的な写実性である。歌詞でアプローチするアーティストは数多くあれど、音楽の細かな部分に至るまでのリアリティは、この曲以上に存在しえないのではなかろうか。

 

5.Sex Object
日本語に訳せば「性的対象」である。前の曲から続き、非常に有機的なテーマだ。その有機性は、弦楽器のサンプリングによく表れている。この曲の音楽面でのテーマは、おそらく弦楽器と電子音楽の融合である。この点では平沢進にも通じるものがあるが、その産物は平沢とは全く異なる、官能的かつ楽し気かつ物悲しいものである。
この歌詞は、女性に誘惑されつつも、それに抗い、嫌悪感を抱いている男性のことを歌っている。なんだか推しでは抜けないドルヲタのようだが、あきらめ気味なボーカルは、そのまま抱いてしまってもまんざらではない様子だ。冒頭の「Yes, No」(ドイツ語版ではJa, Nein)のサンプリングは頭の中の天使と悪魔の争う「アレ」と解釈できる。また、途中で挟まる激しいギターの音はなんとも示唆的だ。
何度でもいうが、こんなKraftwerkはアリなのか!?!?と思うようなめっちゃエッロい雰囲気はこのアルバム特有のものだ。無国籍で無機質なKraftwerkも僕は好きだ。だが、それだけでは描けない世界が存在するのは確かである。そんな中でセックスという究極の有機性を描き切ったことを僕は評価したい。

 

6.Electric Cafe
歌詞は単語の羅列で、いつものKraftwerkという感じである。だが、前作「Computer World」と比べると明らかにシンセサイザーの発達の恩恵を受けている。
この曲はリバーブやストリングス音が多用されているこのアルバムを象徴する、というよりも平均した曲である。冒頭の「Electric Cafe~」のボコーダー声から滑り出すかのようなシンセサイザーのストリングス音は、閉鎖的な雰囲気なのにも関わらず爽快感がある。使用されている声は男性と女性のものであり、カフェという場の社交性を表現しているかもしれない(この解釈には正直自身がない)。
終わり方もすっきりしており、時間も4分ほどとくどすぎない。このアルバムの終わりはこの曲でなければ務まらないと思う。

なお、再発盤にはシングル「The Telephone Call」よりHouse Phoneが追加収録されているものの、The Telephone Callのリミックスの域を出ないため割愛する。

 

また、一曲一曲のつなぎや、アルバム全体の雰囲気が途切れ途切れになっていない点も評価したい。

たしかに「The Man-Machine」も良いアルバムなのだが、これは「名曲を集めたらそれは果たして名盤なのか?」という問いでもある。名曲ばかり集まったアルバムの「The Man-Machine」だが、正直、雰囲気が成立していないように思われる。アルバムは硬派なイメージなのに、「Neon Lights」や「The Model」などの有機的な曲が入り込んでしまっており、一貫性がないのだ。

再度、私は主張したい。Kraftwerkの中で一番雰囲気があり、持続性があり、有機的なアルバムは「Electric Cafe」である。

 

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(サブスクも載せることを検討したが、すべて再発盤の仕様となっているため、割愛する)

*1:Kraftwerkは、Autobahn以前にも三枚のアルバムを出しているが、公式ではAutobahn以降が正式なKraftwerk作品とされているため、Autobahnを1stアルバムとさせていただく。Autobahn以前のKraftwerk作品は、すべてKraftwerk公式のSoundcloudで聴くことができる。

*2:なお、テクノポップとは日本独自の音楽ジャンルかつ造語で、タイトルはメンバーが来日した際にこの語を知ったことに由来がある。

*3:普通、Kraftwerkは単語の羅列で歌詞を構成することが多い